平成31年4月(卯月)の行事予定nado

本堂に入りきれないほど参拝の方々で賑わった彼岸法要

このところ、白と黒とオレンジの色が鮮やかで、高く透き通るような声でさえずるかわいいジョウビタキをよく目にします。ジョウビタキに会える朝は何かいいことがありそうな気分になります。そしてお彼岸の中日を迎えましたが、あにはからんやこの日の早朝は春の嵐のような強風と雨でした。これでは彼岸法要への出足は少なかろうと半ば不安な心境でしたが、午前10時過ぎにはもうそれまでのお天気が嘘のように晴れ渡ったのです。
午後一時頃には本堂内に入りきれないほど参拝の方々でにぎわい、二時には法要が始まりました。お勤めの間は息をのむ静けさで、方丈様と4名の僧の声ばかりがお堂に響きわたりました。お勤めの終わりには、方丈様が一人ひとりの前まで足を運び、経文をとなえながら大般若経冊子を開閉して身体健全・心願成就を祈って下さいました。
法要が終わったあとは、ぜんざいの振る舞いや名物のいが饅頭や草餅などの販売、盆梅の見学等で境内は賑わいを見せていました。

今に繋がる参拝者の心と石観音護持の心

今日、当石観世音において多くの参拝者を迎えて彼岸法要などが続いている背景には、それなりの歴史的な背景があります。そのことに少しばかり触れてみたいと思います。
「門前村に伝わる霊験話はいくつもあって、足萎えの人が、七日の参籠で、その患部が治ったとか、盲目の人が、十日の参籠で、全盲からやや眼が開いて、多少は見えるようになったとかいいつたえられるところから、近在だけでなく、越前、近江、京都、大阪からも参籠にくる人が多い」
これは、水上勉 作の「はなれ瞽女おりん」の主人公、おりんが三方石観世音にたどり着いた時の描写です。時は大正10年頃です。
この“参籠(さんろう)”という言葉が気になり調べてみますと、意味は「神社・仏閣等にこもって祈ること」とあります。しかも、「近在だけでなく、越前、近江、京都、大阪からも参籠にくる人が多い」というように、それほどこの石観音が賑わっていたのはなぜだろうと思って、もと石観音世話役を務めておられた方の記録「三方石観世音歴史散歩2」を調べてみました。
するとこの頃、“大正6年の国鉄小浜線の開通に伴い、参詣者もおいおい増加し、参籠希望者もあり、堂守りの必要にせまられたとき、当地域の一組のご夫婦が堂守りを希望され、大正11年から14年までの4ヶ年間日夜勤務して参詣者の便宜を計られた”とあります。これ以降、常住の堂守りを置いて日夜仏前の清掃、お供え物、堂守りの確保に留意して参詣者・参籠者の手引きをすることになったようです。
それまでは、「毎月17日、18日の縁日と春秋の彼岸各7日間、施餓鬼の8月10日、その他必要に応じて出務していた」そうです。平日は月の当番の方一人が毎日夕方上山して火の用心と賽銭の整理、清掃等を行い帰宅していたといいます。
当時の方々の石観音を守る営みが偲ばれます。現在は“参籠”こそ行われてはいませんが、一日二人の当番が午前7時半から午後5時まで年中休みなく石観音護持に努めるようになりました。石観世音の歴史の重みを感じます。

4月の行事予定

〇 4月1日(月)~4月7日(日)・桜のライトアップ
期間中、夜8時まで行います。(写真は昨年のライトアップ時の桜です。)

〇 4月6日(土)・清掃日
毎月1回石観音委員全員が集まり、参道その他の清掃活動を行います。今月は特に新委員を含めて全員が石観世音の水の管理や参道等の管理の全体を知っていただくための研修を兼ねた管理活動が行われます。
〇 4月12日(金)・若狭観音霊場総会
若狭観音霊場会33所の代表者が集まり、今年度の総会が行われます。
〇 4月17日(水)・月次法要
月次法要は、毎月17日に行うご祈祷希望者のための合同祈祷の日になっています。もちろんご祈祷を希望していない方も自由にお参りできます。
〇 4月18日(木)・敦賀福寿講ご参拝
敦賀福寿講の皆さんが毎年続けてこの時期に石観世音に参拝される行事が昔から今日まで続いています。
〇 4月30日(火)・月末の合同祈祷日
合同祈祷日には、17日の法要と同様に希望の願意にもとづいてご祈祷が行われます。