令和3年10月(神無月)の行事予定nado

強風で倒れた「洗心園記」の説明板修復される

玄機和尚の入寂(にゅうじゃく)の地「洗心園」記とは!

玄機和尚は安政3年(1856年)に宇野儀左衛門家の4男として誕生し、幼名は友吉と称し、76才の生涯を禅学に励まれたといいます。
当時臥龍院は、30名を超える雲水が禅僧として修行する道場であり、また厳しい禅僧としての学問の修行道場でもありました。ここで学んだ友吉は、7才のとき出家を志しました。そのときの父親の「出家をすれば親子の縁をきる慣い、和尚になるまでは実家の敷居をまたぐことは許されない。」との厳しい叱責にも決意を変えず出家して「玄機」と称したのです。
そして15才にして大本山永平寺に上山して、さらに厳しい修行を終えて全国行脚の旅に出られ、禅学に励まれたということです。その後和尚は、明治15年に京都の安正寺の住職に迎えられ、さらに禅の修行や仏学について研鑽を深めて明治23年には広島の広福寺の住職に、そして32才で宮津の巨刹(キョサツ・大きな寺)智源寺の住職となりました。
これをきっかけに、両親との誓いを守ること二十有余年出家以来初めて生家の敷居を跨(また)ぐわけですが、時すでに両親とも他界していたということです。

そして大正5年に故郷の人々に迎えられた玄機和尚は、還暦を迎えられたことをきっかっけに「洗心園」建設に着手されました。その後、曹洞宗能登別院主として招請され、昭和4年には洗心園に帰り翌5年に76才の生涯を終えられたのです。
郷土が生んだこの玄機和尚、「身を持する事常に厳しく、雲水の行こそ禅僧の修行」との考えは、高潔なる人を作り真髄を極めた学問の道と相まって近世稀にみる禅僧であるとの声高く、宗門会の信望を担われたということです。

参拝者の笑顔に安堵の秋季彼岸大祈祷会

秋季彼岸大祈祷会は、コロナ感染拡大が広がっている状況でもありましたので、残念ながら7月18日の大祭大祈祷会の時のように全600巻の大般若経の読み上げは行われませんでした。
けれども、一日を通しての参拝者の数は今年一番の賑わいでした。良心方丈様と良祥様お二人の祈祷法要のときは、三密を避けての状態でしたが、静かな中にも厳かな雰囲気が漂うすばらしいひとときでした。
祈祷法要が終わったあとも、三方区女性部の方々による特産のいがまんじゅうや草餅の販売などで賑わう様子や、久々に会う方々との語らいなどで、しばし楽しいひと時を過ごされている姿を見かけることもできました。
心配していたお天気やコロナ感染に関しても、何事もなく無事に秋季彼岸大祈祷会を終えることができたことにほっとしています。皆様ありがとうございました。

10 月 の 行 事 予 定

〇 10月3日(日)・一斉清掃日
〇 10月10日(日)・臥龍院山門落慶法要
〇 10月13日(水)・安全地蔵尊祭
・神明橋手前にある安全地蔵尊の法要の日です。
〇 10月17日(日)・月次法要・奉賛会祈祷会
月次法要 毎月17日に行うご祈祷希望者のための合同祈祷の日になっていま す。もちろん祈祷を希望していない方でも自由にお参りできます。ご祈祷内容はご本人のご希望の内容となります。
奉賛会祈祷会 区民皆様の安全・安泰を祈って斎行する祈祷法要の日です。通常の場合は、法要の後に宿坊にて昼食をはさんで奉賛会会員の懇談会を行いますが、今回も昨年同様コロナ感染防止のため、法要後に委員長からの簡単な挨拶のみとさせていただきます。
 10月31日(日)・月末の合同祈祷
・17日の月次法要と同様、ご祈祷希望者のための月末の合同祈祷日です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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